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June 23, 2004

『色、そのまま  朴生光』展 space*c  ’04.4.8―6.12




観覧時に配られたパンフレット。


東洋画家・朴生光(パク・セングァン、1904―1985)の生誕100年を記念して(昨年から特別展など様々な場所で行なわれている)、コリアナ化粧品の経営するギャラリー"space*c"にて開催。

朴生光は1920年京都に渡り、現在の京都芸術大学に入学。
竹内栖鳳や村上華岳、土田麦僊に師事、"新日本画"を学んだ。
5月29日にテレビ東京『美の巨人たち』で取り上げられていた洋画家の李仲燮(イ・ジュンソプ)もそうであるが、日本統治時の画家らは多く日本へ留学している。

45年の"解放"まで東京で、67年のソウル移住までは故郷の晋州(チンジュ)で活動、74年から77年まで再び東京に渡る。

東洋画家としてたくさんの展覧会に出品、個人展も開いた。
しかし、彼独特の世界が花開くのは晩年を迎えてからである。

2002年に日本を巡回した『韓国の色と光』展に作品が(『土含山の日の出(仏国寺)』)出展されていたので、記憶されている方もおられるかもしれない。これも晩年の作品(1984年)。
晩年における彼の絵の特徴は、アジアの寺院建築に見られるような鮮やかな色彩である。「彩色画」などとも言われ、基本の線を朱墨で描く。
そして仏教と巫俗(韓国のシャーマニズム)を題材にした宗教絵画であるという点。
特に巫俗を扱った絵は圧倒される。絵自体に何かが憑依しているようで、身震いする。


今回の『色、そのまま 朴生光』展は、日本画そのものと思われるような中期の作品(『燕』など)から、70年代のキュービズムに影響されたような作品(『漢拏(ハルラ)山』など)、模索を経て晩年の宗教絵画に行きつくまでを、流れを追って見ることができる。

こうやって順々に見ていくと、彼が晩年に向けて加速度を増すようにトランス状態へその体を投げ出したように感じる。

展示は2階と地下1階に分かれていたのだが、地下に多くの巫俗の絵が展示されていた。
ほのかに薫る墨の香、まるで古墳やピラミッドの棺室に降りたような(降りたことはないが)、霊気を感じるような雰囲気。
その日展示場に他の観客がいなかったせいもあって、こう感じたものかもしれない。
それにしても、絵を目の前にして、やはり観客もあっという間に異次元へと誘われる。
動画を感じるほどにどろどろとした、しかしスピリチュアルなものが絵の中に流れている。


なんだか民族的な雰囲気の展覧会ばかり載せてしまっているが、ソウルにおける展覧会がすべてこういう色合いというわけではない。念のため。

Posted by art,seoul at 02:45 PM | Comments (0)

June 12, 2004

『ドキュメント』展 ソウル市立美術館 ’04.5.25―6.27




ソウル市立美術館の正面右に掲げられたタペストリー。
カタログの表紙のデザインと同一。
学校の先生が持っている出席簿を模しているようだが…。…。



先月ピエール&ジルの展覧会を行なったソウル市立美術館は、今月も写真を展示。
1~3階で展示テーマが3つに分かれており、それぞれプランナーがついている。
写真が芸術の仲間入りをしてから、写真の認識や方法論が喧々諤々され有益な観点を引き出しては来たが、一方で芸術的でないとして記録写真を軽視する視点も生み出してしまった。韓国における記録写真が、どのように事実や現実、歴史を再現し、知識として体系化されるかということを検証する、というのがこの展覧会の意図。

しかし、前回の『衝突と流れ』に引き続き、とにかくすごいボリュームだった。

・ 1階 「クボ氏、博覧会へ行く」

企画意図のタイトルに「写真アーカイブと帝国の地図」とある。類型学的な記録写真のまとまりとして、旧日本軍(=「帝国」)による占領期の写真が1階を占めている。

「クボ氏」が何を指しているのかよく分からない(英字表記は”Gubo”)が、「博覧会」というのは旧日本軍が朝鮮半島併合(1910年)前後から解放(1945年)までの統治中に何十回と開いた産業博覧会のこと。
朝鮮総督府が撮った山林・農地開発や都市計画、建造物、教育(主に皇国教育)の推進、そして民俗など人類学的研究のための写真で構成されている。
また、治安維持法違反で投獄された思想犯の顔写真つき受刑記録表も、多数展示されている。

これらの記録写真の中で、秋葉隆が1930年代に撮ったムーダン(韓国におけるシャーマニズムの巫女)の写真に釘付けになってしまった。
秋葉隆は『朝鮮巫俗の研究』などを著した明治生まれの文化人類学者である。
このムーダンの写真も研究の一環で撮ったのだろうが、縦140cmほどに引き伸ばされているにもかかわらず、あまりにエッジがシャープでとても30年代に撮ったものと思えない。
バックは墨ベタ。ムラがなく、それがいっそうムーダンの姿を際立たせる。
ムーダンの写真は何回か見たことがあるが(現在のものも)、これほど圧倒された写真は今までなかった。これはもはや芸術じゃないのか。

・ 2階 「資料写真から写真芸術へ」

2・3階は現代作家の写真展示。
アイデアイズムにとらわれ過ぎた韓国の写真芸術を問題とし、資料としての写真と芸術としての写真の垣根を崩す作家の作品を展示している。

蓮っ葉の役者を写したと思われるオ・ヒョングンの『俳優ばなし』。
ストロボの光でいきなり闇の中から浮かび上がったような、年老いた俳優たち。
イ・デソンの『所持品検査』。
バイオリンとケータイを持っている小学生、日本にすごく興味のあるらしい中学生からお金をやたら持っているおばあちゃんまで、主な所持品を並べ、本人も一緒に写っている。
韓国では「N世代」や「X世代」といって、世代やその世代独特の嗜好によって人をカテゴライズする世代論というものがある。それが如実にあらわれている。
キム・サンギルの『Like a Group Portrait』はバーバリーやハーレー、モデルガンなどの愛好家のグループを撮っている。
イ・ウンジョンの『旅館』、アン・サンウクの『703号室』はモーテルの寝乱れたベッドを、シン・ウンギョンはチープな壁画の描かれた数々の結婚式場を写し、それぞれ韓国特有の雰囲気を醸し出している。

・ 3階 「ドキュメンテーションの構え」

ウェブページの企画意図に「私たちに産業はあるか?」とある。
韓国の産業は、ただ目の前の目新しいことだけを追って60年代から現在まで進んで来た。産業は工場にだけ存在するのではなく、感覚と意味の領域にも存在する。他国に存在するこの概念を、記録写真によって提示するのが目的。

カン・ムンベの『大邱市庁』は70年代の地方における工業と工業地帯の様子を、ヤン・ヘグは教科書に載っている農村や山林の写真をプリントしている。
また、ペク・スンチョルの『仁川地域工場風景』は工場の一部分を強調するように写真を撮りおろしている。


このところソウルでは、大きな美術館や博物館で記録写真の展覧会が多く行なわれている。

国立中央博物館では『近い昔 ― 写真で記録された民衆の生活』(4.27―6.6)を、ソウル大学博物館では『彼らの視線で見る近代』展(4.9―6.12)が、それぞれ開かれている。
また”Green Festival”なるイベントでは、ソウル世宗文化会館の前の道路では『80日間世界一周、そしてソウルの記憶』という展覧会が開かれている。これはマグナムの代表的写真家の作品と、戦後から50年代のソウルの写真がともに展示されている。

『ドキュメント』展も含め、これらは写真(映像)人類学的な展示ともいえる。
写真によって近代の韓国論、韓国人論が語られている。
まとめて見れば日本支配と近代化…解放…朝鮮戦争…軍事権力支配…民主化という韓国の辿った道を振り返ることができる。
もしかすると、これらは韓国に根づき始めて20年近くたった民主主義のなせる業なのかもしれない。


ちなみにはっきり言ってしまうと、『ドキュメント』展、カタログがダサい(上の写真参照)。
モアレてる写真が多い。モノクロ写真を1色刷りしている。
ちゃんと欲しくなる図録を作ってほしい。

Posted by art,seoul at 02:33 AM | Comments (0)

June 05, 2004

『衝突と流れ』展  旧西大門刑務所 ’04.5.04―23




『衝突と流れ』展 ポスター。


第1回ソウル-新村アートフェスティバル(The 1st Seoul-Shinchon Art Festival)のメインイベント『MAC2004』のひとつとして開催。
主催は延世大学マルチメディ ア研究所(延世大学は韓国の慶応と言われる名門。新村にある)。
この研究所はどうやら東京藝術大学先端芸術表現科と関係があるらしく、同学科の伊藤俊治教授から訪れたことがあるとうかがったことがある。

それゆえに展示はメディアアートに限っている。
メディアアートとは、デジタル機器やコンピュータなど先端的テクノロジーを使ったアートを総合して呼ぶ(何が先端と言えるのかはひとまず置いておいて)。

修学旅行やツアーでソウルに来られた方はご存知かもしれないが、西大門刑務所とは太平洋戦争中、旧日本軍が朝鮮半島において治安維持法の名の下に「政治犯」「思想犯」とされた現地の人たちを収監したところである。
すさまじい拷問に加え、牢内の劣悪な環境のもと、多くの人々が命を落とした。
歴史館の地下では蝋人形で拷問の様子が再現され、その上悲鳴が音声で流れ効果を加えている。

前に一度行ったことがあるが、ポスターの写真に見られるように、普段は独房棟の通路に天から光が差すので、一種の美しさを感じる。
しかし一瞬ののち、ここで行なわれたことを思い出し、厳粛な気持ちになる。そういう空間である。
今回はその天からの光をさえぎって、各独房を各作品に与えるというアイディアで展示されていた。


さて展示の方であるが、"1 Body"、"2 Vision/Sight"、"3 Crash and Flow"、"4 Single Channel"、"5 Field of Communication"、"6 Outdoor Sound Installation"、"7 Light Art 'Light,Wind'"の7ブロックに分かれており、実に85人/組の作家(海外からの招待作家はステファン・ナットキン Stephane Natkin、レンダル・パッカー Randall Packer、ヴィクトリア・ヴェスナ Victoria Vesna、藤幡正樹、セシール・ル・プラド Cecile le Prado、クリストフ・シャルル Christophe Charles、ピーター・スタンフリ Peter Stampfliの7人)が参加している。
とても1日ではすべて見ることが出来ないボリュームである。
キム・ピョンジク"passage"(日本で見たのは『韓国の色と光』展だったか)など既作も多い。
藤幡正樹の"Field-Works@Alsace"も『先端芸術宣言!』(岩波書店)にも載っているGPSによる地形データとDVカメラで撮影のビデオ・クリップを組み合わせる手法で作られた既作だが、西大門に展示されているということで新たに含むものがあり、考えさせられる(アルザス・ロレーヌはドイツとフランスの国境で、両国が戦火を交えるたびに翻弄され続けてきた地域)。

あとはジ・ハルの"(水洗トイレの)水流す"。
水洗トイレの、水のたまっている窪みに隠れて3匹の魚が住んでいる。そこにいきなり急流が起こる。魚たちは窪みから全身を出し、必死で流れに逆らって泳ぐ。やがて急流は止み、魚たちはそっとまた窪みに戻る。
TVモニタの上に便座を乗せた単純な作りだが、映像が面白い(動物虐待にならないのかと思うが)。

この展覧会の「企画意図」には、西大門刑務所は韓国の開花期以後の民族的精神と未来への理想と夢が、最も苛酷な方法で抑圧を受けた場所であり、訪れた「私たち」を突如として苦痛に至らしめる場所であるとしている。
その上で、この展覧会はここでその生涯を閉じた人々の夢を再生させ、その傷を治癒しながらも、過去のことで葛藤をひきおこす韓国の歴史の過去と未来を和解させるのだ、と著している。
(私事だが、私も似たような趣旨<治癒とはいわず浄霊としたが>で映像を撮り、その題材に西大門刑務所を使ったことがあるので、ぐっと心に来てしまう)
この展覧会では、パク・ジスの"in side of me"(と思われる。ネームがひどく離れたところにあったが合ってるのだろうか)がその主旨を酌んでいた。数少なかったインタラクティブアート(作者から観者に働きかけるだけでなく観者も働きかけることのできる、"相互作用 interactive"のある作品)のうちのひとつである。訪れた観客の影がカメラに捉えられ、リフレインして映されるその背景に戦時中の旧日本軍による半島支配の写真が映し出されるというもの。未来と過去が交差する。パソコンでメッセージを入れ、それを映像に反映できるようだった。


韓国でメディアアートが盛んな理由としては、まず最初に韓国出身のビデオアーティスト、ナムジュン・パイクの存在があげられるだろう。『MAC2004』の主旨にもその名が何回も挙がっており、彼を学術的に評価しようとするシンポジウムも開かれたようだ。

彼は衛星中継という形でインタラクティブアートを実現させた。
韓国の、アジアの、世界のもっと上の方から世界を眺めているような俯瞰的視線でもって、しかし彼の民族性や東洋性というものも融合させながら作品を作り、話し、パフォーマンスをしてきた(彼はもうアメリカ人じゃないか、という指摘をされたことがあるが、そうは言い切れない。国籍はそうであっても)。

これから(遅まきながら)日韓も、多くの「治癒」「浄霊」を繰り返しながら、「相互作用」を図るしかない。
そこにパイクの柔軟な哲学こそが必要になるのではないだろうか。

Posted by art,seoul at 11:28 AM | Comments (0)