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September 13, 2004

釜山ビエンナーレ 現代美術展  釜山市立美術館






エントランス。
中村政人『Metaunit/テトラポッドプロジェクト』とオレグ・クリク(ロシア)『Sports Woman』。
釜山だから日本とロシアの作家、というわけでもあるまい。





今回は、ソウルではありません。

5月から10月末まで「釜山彫刻プロジェクト」、「現代美術展」、「海の美術祭」の3つのパーツに分けて開かれている釜山ビエンナーレ

釜山市によると「20年の歴史的背景を持つ」(こういう言い方っていかにも韓国らしい)ということらしいが、実際日本にその名が知られてきたのは前々回、前回にぐらいからではないだろうか。
釜山では他に、国際映画祭が長年行なわれていて有名。


釜山は、ソウルに次ぐ韓国第二の都市。
とはいえソウルの大きさとは比べ物にならないほど、こぢんまりとした街である。
ただ、釜山港というアジア有数の大きな港がある。
美しい海があり、人や物が大量に外国から入っては出て行く街である。
ホテルにはハングルと共に日本語とロシア語の表記があり、ちょっとしたロシア人街のようなものもあるから、ロシアからの貨物船が多いのだろう。

ちなみに、豊臣秀吉が朝鮮半島を攻めた時ここがまず戦場になったということで、龍頭山公園では秀吉軍を敗退へと追い込んだ李舜臣像が日本の方向を睨んで立っている。
また、朝鮮戦争の際には、当初北側の優勢に押された南側の軍が、最後の砦として臨時首都に定めた都市でもある。
始まりで、最後でもある「はしっこ」。そんな印象でもある。


現代美術展の開かれている釜山市立美術館は海雲台(ヘウンデ)という、釜山でもっとも有名な美しい海岸のすぐそばにある。
ここでは、38ヶ国137名92作品が展示されている。


ビエンナーレ自体のテーマは「隙間」。
現代美術展のテーマは「N.E.T.」。
どちらも、国際展が大きくなればなるほど、観客と作品と作家と主催側の間にできる「隙間」を解決すべくつけられたもの。
「N.E.T.」はNexus(連係)、Encounter(出会い)、Traveling(旅)であり、Negotiation(交渉)、Environment(環境)、Transit(通過)であるという。


一番印象的だったのが、高嶺格の『ベイビー・仁寺洞』。
在日韓国人の女性との結婚式の写真と、彼女の「その在日に対する嫌悪感は何なん?」という質問を咀嚼し反芻し、対する答えをはっきりと言ってしまうまでの言葉が連ねられている。
彼らの結婚式には、国籍も性別も分からない「ナジャ」が踊りを披露する。
「ナジャ」は何もかも超越して、神のような存在だ。
この踊りだけが、写真と同じ大きさの小さなモニターで映されている。
簡素ながらも、すばらしい。

実は韓国は、トランスジェンダーや他国人、特に他人種との間に生まれたいわゆるハーフに対する目が冷たい。
「ハリス」という、某プロダクションによる韓国人の価値観の多様化を図るプロジェクトがある。
1代目「ハリス」はトランスジェンダーで、彼女を芸能界にデビューさせ、スターになることを成功させた。
2代目の「ハリス」となったのはアメリカ人と韓国人のハーフの女の子だ。

そんなプロジェクトもある韓国の人々に、高嶺の作品はどう映ったのだろうか。


4月に夭折したパク・イソの遺作となった『私たちはしあわせです』は、台風のために屋外の設置場所から撤去されていた。(このページで見ることができる)
遺作は、巨大なオレンジ地の板にハングルで「私たちはしあわせです」とあり、幸せの空しさとそれでもなお追い求めようとする人間の本能を指摘するような作品。
死の2ヶ月前にビエンナーレの実行委員会に提出された企画書を元に、友人・知人たちが完成させたとのこと。
パク・イソの死と作品がない広場のあまりにがらんとしたさまに、ますますむなしくなってしまった。


閉業する写真館で何百枚と見つけた何十年も前の証明写真を元に作られた、アン・チャンホンの写真作品『49の人々の瞑想』。
写真に映っている人たちの眼は加工により閉じられ、しかし生を感じさせるように唇には紅が入っている。
過ぎ去った時間と写真の中と現在の彼らの生をほうふつとさせる。


ソン・グギョンは中国に住んでいるが、北朝鮮国籍の作家。
ガラス瓶や自ら裸の身体に砂糖を塗りつけたところを撮った写真や、女性器をも思わせる、ピンク色の鮮やかな裂け目を描いた絵画でこれまで展覧会を行なってきた。
今回はその写真や絵画も織り交ぜた映像で、亡くなった父を語る。




アン・ソングム 『展示中、戦時中』。
椅子とテーブルがあるはずなのだが…、これも台風のせいか?


作品は時期もあってか、イスラム対アメリカという国際情勢を扱ったものが多い。
アラブ系の人々の写真が串刺しにされ、五角形(ペンタゴン)のグリルで焼かれているという、えらくダイレクトなデニサン・ウェザー(トルコ生まれ、イギリス在住)の『On the same plane as Pentagon』や、アメリカの国旗や飛行機の傘の下でゆっくりくつろげる空間『展示中、戦時中』を作ったアン・ソング
など。

古着でテントを作り、その下でカフェを開くノーヴァヤ・リューストラ(中野良寿、安原雅之、横湯久美)のような、ほっこりしたものももっとあっても良かったのではないか。


トリン・T・ミンハ他5人の映画作品も、期間ごとに内容を変えて上映。
ビエンナーレに関してよく聞く言葉だが、映像作品が実に多い。
穴に入ったり出たりを繰り返しすぎた。
よもや国際映画祭もあり、「映画の街」を自負するからか。
1日ではとても見切れない。


これはインターネットの記事で読んだのだが、ビエンナーレのオープニングには人気歌手を呼び、また普通の映画館で上映したような娯楽的な映画の上映会もしたとのこと。
地元の人々を美術館に呼ぶのもなかなか難しいのかもしれないが、果たして「隙間」は狭まったのか、どうか。

Posted by art,seoul at September 13, 2004 10:06 PM

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