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March 26, 2006

チェ・ウォンジュン『UnderGround』展 2.15-3.5 do ART gallery




『Dongmyo station(line No.6)』(『Underground』シリーズより)



チェ・ウォンジュンは1979年生まれの若い作家である。小さな映画アカデミーで映像の勉強はしたことがあるものの美術系の学校で学んだ事はなく、警察機動隊服務時代に写真兵としてカメラを持った。ゆえに、一般人が入ることのできない「現場」に立ち入り、それを写真に切り取ってきた経験を持っている。それが彼に都市の下層に脈打つものへの関心を増大させたのかもしれない。
今回は、除隊してから2年間撮り続けた写真を『Underground』、『Colatheque』、『Texas Project』の3つのシリーズにして今回仁寺洞のdo ART galleryと、景福宮にあるBrain Factoryに分けて展示した。
そのどれもが、ソウルという巨大都市の「アンダーグラウンド」である。




『Seong dong Colatheque』(『Colatheque』シリーズより)



「都市の下層に重なる澱」を美しく切り取る、という点で畠山直哉と重なる部分がある。

『Underground』シリーズはソウルの地下に張り巡らされた「ソウルの動脈」とも言える地下鉄の通路やエスカレーターを写している。それは人間に密着した機能であるにもかかわらず、まるで無機質な工場のようにも見え、冷たい霊安室のようにも見える。
『Colatheque』シリーズは中年男女の集うダンスホールのギラギラしたフロアを写しだす。
『Texas Project』シリーズは、ミアリという売春街の店の中を写している。

すべてに共通していることは、無人であることだ。
しかしながら『Colatheque』シリーズには日常からの飛躍、もしくは逃避を目的に集う人々の欲望の残滓が感じられる。また『Texas Project』シリーズでは、普段男たちを呼び込んでいるだろう売春婦の姿は見えない。しかし彼女らの化粧箱や休むためのクッションは残されていて、気配を残している。さらに、現実にはダンスホールより売春街の方が人々の欲望がむき出しになっていそうなものだが、チェ・ウォンジュンの写真ではそれが逆転している。健全なはずのダンスホールがギラギラと下品に光っているように見えるのに対し、売春街の店内は実に清潔に、そして優しさを含んだ光に包まれているように見える。

しかしどのシリーズにも、都市の下層(アンダーグラウンド)に流れるエネルギー、そしてその虚無を映し出しているというのが共通点だ。




『Walkerhill』(『Texas Project』シリーズより)

ちなみに、2004年に施行された性売買防止法により、ミアリのような売春街は摘発の対象となり、どんどんそのピンク色の灯を消している。チェ・ウォンジュンはピンク色の街が消えた後に同じ場所に建てられた食料品店も写し、元の姿の写真の横に並べて展示している。
しかし、ミアリに注がれていたエネルギーはまだこの街のどこかに存在しているという確信が、写真のエネルギーの強さから感じられる。

今回の展示では『Underground』シリーズはdo ART galleryで、あとのシリーズはBrain Factoryで展示された。
「人間を動かすエネルギー」と「人そのもののエネルギー、もしくはエロス」という分け方をされたのだろう。
そのためか、『Underground』シリーズは非常にマテリアル感が強く感じられる。コンクリート、鉄、ステンレス…それらが銀色に、青色に、冷たく浮かび上がっている。人間を動かしているものが、これほど冷たさを持つものか、と思わされるほどである。ここにも作家の意図が感じられるようだ。




ブレインファクトリーでの展示。



写真を提供くださったdo ART galleryに感謝いたします。

Posted by art,seoul at 06:01 PM

March 10, 2006

ソン・ボンチェ『忘れてしまった時間、境界』展 2.8-27 ギャラリーサムジー




『忘れてしまった時間、境界』展の作品から。



仁寺洞(インサドン)にあるアートと商業の総合施設「サムジーギル」の地下にあるギャラリーサムジー。SSAMZIE SPACEと運営主は同じだが、もう少し小規模であったり、ポップであったり、商業的アートといえる作品を展示している。
『忘れてしまった時間、境界』展は純粋にソン・ボンチェの個展だったが、隣のスペースではエミール・ゴーやナンシー・ランといったサムジーと縁のあるアーティストらの作品販売が行われていた。

ソン・ボンチェもまた、サムジーのアートレジデンスプログラムの1期生である。
過去に『都市と映像』展(ソウル市立美術館、1996)や『第2回光州ビエンナーレ』(1997)、『第5回光州ビエンナーレ』(2004)にも出品しているインスタレーション作家だ。ソウルと光州市を活動の場とし、最近では光州市立美術館より中国・上海多倫(ダーロン)現代美術館の交流展に出品する韓国人作家として選ばれている。




展示風景。



今回の『忘れてしまった時間、境界』展では日本統治時代から朝鮮戦争を経て現在に至るまでの、韓国の歴史的事件が起きた場所の現在を写したモノクロームの写真群が数十点展示されている。
朝鮮戦争勃発当時、住民が虐殺された教会がある今は平凡な田舍の村道になった一本道、また同様に住民たちが虐殺された竹林。今は登山コースになっている智異山は戦争当時パルチサンの拠点だった。そしてこぎれいな並木道になった光州市内のキリスト教病院に行く道は、1980年の光州民主化運動の際に怪我をした市民や学生たちが病院へと向かった道である。また、普通に見える地下鉄駅の光景は大邱(テグ)の地下鉄事件の現場である。



しかしそれらはただ単にプリントされた写真ではなく、景色を形作るものがすべてレイヤーに分けられ、薄い透明アクリル板の上にプリントされ、それを重ねることによって三次元の世界を作り出している。または、二次元によって作られたジオラマ装置とでも言おうか。箱に入れられ、ライティングされることで歴史的事件があたかも時間的装置により経ずにはいられなかったかのように展示されている。
さらに、イメージをレイヤーに分け、それを重ねることで再構成するという作業は、記憶や歴史のメカニズムを感じさせる。
また、モノクロ(というよりは水墨画や影絵のようだ)を選ぶことで、時間というものを飛び越える場所性というものも感じさせる。
作家自身も「記憶というのは現在によって絶えず再構成されて支配を受けることであり、現在もやはり記憶によって再構成されて支配を受けることだ」と述べている。




作品のひとつ。レイヤーが重なっているのがお分かりいただけるだろうか



展示風景。



10枚ほどのレイヤーは無秩序に並べられているのではなく、かならず中心にイメージが向かうように配置されている。鑑賞者は必ず作品の真ん中に焦点を合わせてしまう。そうでないとイメージの重なりがチラチラとモアレのようなものを作り、目にうるさくなってしまうのだ。
歴史や記憶というものも、捉えやすくしようとするなら、一つの視角だけから眺めればよい。作家の皮肉が聞こえるようだ。




撮影を許可くださったギャラリーサムジーに感謝いたします。

Posted by art,seoul at 06:31 PM